ヤマメ(マスバイ)&アマゴのこと

ヤマメ(マスバイ)復活の話の前にヤマメとアマゴのことをお話しておかなければなりません。
ヤマメとアマゴは非常に近い近縁の種類でよく似ていますが、アマゴには朱色か赤の点模様があることでヤマメとははっきりと区別できます。
ヤマメはサクラマスの河川残留型でアマゴは海に下ればサツキマスとなる。日本における分布図を簡単に言ってしまうとアマゴが東海以西の太平洋流入水系となりヤマメはその他の水系、またヤマメはシベリアのカムチャツカあたりまで広く分布するがアマゴは西日本の太平洋側だけという世界的にも希少な個体群である。一般的にはアマゴの降海性はヤマメより低いといわれており河川上流部での定着性もヤマメより強い気がします。
日本において、この2種は古来より水系別ではっきりとした棲み分けをしてきたのですが、近年漁協による確信的な移植放流(県の指導方針)などが行われてきた結果、本来の分布域が乱れてしまいました。最近になってようやく水産庁がこのことを危惧し古来からの分布に戻す指導がされはじめました。しかし、アマゴが定着し自然再生産している水域では放流をアマゴからヤマメに切り替えれば済むというように、そう簡単にはいかないはずです。根気のいる取り組みとなるでしょう。

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ヤマメ(石徹白ではマスバイ)赤い点は何処にもありません。この個体は体側にピンクの帯はありませんが、側線に沿ってきれいなピンクの帯がある個体もいます。
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アマゴ1
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アマゴ2
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アマゴ3
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アマゴ4
上の四画像、すべてアマゴです。赤い点は薄かったり、濃かったり、少なかったり、多かったりと様々ですが、この赤い点がヤマメとの決定的な違いです。アマゴ4もよく見ると小さな赤い点があるのでヤマメではありません。
またアマゴとヤマメは近縁なので簡単に交雑します。交雑魚には赤い点が出現しやすい傾向があり世代を繰り返してもアマゴ的な特徴がいつまでも消えないといわれます。


石徹白川も本来はヤマメの川であったのですが、約90年前に下流にできたダムのせいでヤマメが減ってしまったために、アマゴ(長良川産)を移植したという古い歴史があります。
岐阜県におきましては、分水嶺を境に太平洋に流れる川にはアマゴ、日本海に流れる川はヤマメという分布のハズですが、近年の漁協管理が始まるずっと昔から人の手による小規模な移植は行われたことで、かなり古くから少なからず分布の乱れがあったようです。
また分布境の隣接地帯ではヤマメとアマゴは一様にアマゴと呼ばれていた所も多く、今となっては移植の実態はそのほとんどが検証不能となっているなかで、石徹白川の移植については、はっきりとしております。九頭竜川漁業会(現奥越漁協)の事業として1929年に始まり1941年にかけて数回に渡り行われています。
この時代はまだアマゴの養殖は始まっていませんでしたので長良川の漁師に依頼し活魚として調達したもので、すべて長良川の天然魚でした。
この事業は九頭竜川漁業会の管理地域全域に対して行われた事業であったのですが、発起人でありリーダーが石徹白の須甲末太郎氏(当時組合長)であったことで、最初の移植は石徹白川の前川(峠川)にされたようです。
移植後3年ほどで前川全域に定着がみられたといいます。
ここで、先人の名誉のために言っておかねばならないことは、アマゴ放流の出自は下流部にできたダムのせいでサクラマスの遡上がなくなり、それにともない今まで川にいたヤマメが激減したことへの対策事業だったということです。サクラマスの遡上が毎年継続していた水系のヤマメであったことを考えれば、たぶんアマゴを放流しなくてもヤマメは絶えたと思われます。
そんな事情を考慮すれば「正しい棲み分けを壊したマズイ放流だった」などと安易に言うべきではありません。
個人的な見解ですが、先人たちの努力のことを思うと、今さらヤマメに戻す必要はあるの?今さら遅いんじゃないの?という気持ちも、じつは少しあります。

なによりも、この時代の生活環境や交通事情などを想像すればどれほど大変な事業であったか計り知れませんし、須甲末太郎という人の行動力の基となったものは何だったのか?情熱?いや、もはや熱狂としか言いようがない気がします。
残念ながら、平成元年に享年85才でお亡くなりになっていますが、この人物には、ぜひお話しを聞きたかったと思うばかりです。
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なお、ヤマメをマスバイと呼んでいたのは九頭竜水域でも石徹白だけだったようです。石徹白の先人たちはヤマメがサクラマスの子であることをちゃんと認識していたのでしょう。
(福井県では他の多くの地域でヤマメのこともアマゴと呼んでいたようです)

別件としてもう一つ、これはイワナの話なんですが
須甲末太郎氏は朝日添川 鳩塩(ハツシオと読むらしい)の滝上流部の魚空白地帯にも、大正の始め頃に石徹白本流や支流で捕獲したイワナの稚魚を放流したことでイワナが定着したと言われています。そうなると、以前に我我が遺伝子解析を依頼し原種と証明された在来イワナ(Hap-new36)は石徹白本流や支流のイワナの末裔ということになるのです。
須甲氏は魚の棲まない空白地帯にもサンショウウオは生息しているのを知りイワナを放してみようと考えたそうです。
朝日添川のイワナと本流上流部のイワナは同じ遺伝子の原種と証明されているので、大正の始め頃までは石徹白のイワナはすべてHap-new36型のだったという想定もできるはずです。
そして現在2015年、約100年たった今、石徹白川ではそのほとんどの水域において養殖イワナとの遺伝子的交雑でHap-new36の血脈は絶えてしまったわけです。
我我釣り人は、少しでもこれを残念と思うなら、すべては釣りのために増殖という名のもとで行われたことは知らなければいけないでしょう。
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Hap-new36イトシロイワナ(大正5年からの末裔なのか?)
このイワナはサンショウウオを吐き出しました。

家にいてもこのような考察をし、妄想できることがじつに楽しいこの頃です。
今では、実際の釣りより楽しいかもしれません。


アマゴ移植の話は平凡社刊「峠を越えた魚」鈴野藤夫著という本に詳しく紹介されています。興味深い話が満載です。アマゾンなどでまだ手に入ります。一読をお勧めする一冊です。
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by itoshiro-sp | 2015-06-30 20:14 | 魚のはなし  

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