幸四郎さんの「てんから」

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鴛谷雅之(オシタニマサユキ)さんは僕より三っつ先輩だ。
石徹白フィッシャーズホリデーの実行委員として一緒にやってきた仲なので、もう15年以上の付き合いになる石徹白の友人です。
マサユキさんは釣りはやらないけど、おじいさんの幸四郎さんが「てんから名人」だった話をよく聞かせてくれる、今回のイベントでもいろいろなむかし話をしてくれた。
幸四郎さんは明治中期の生まれで家業は旅館(谷屋旅館)だったから、職業的な色が濃い釣りだったのだろう。お客さんに提供するために、エサ釣りも「てんから」も両方やったが、「てんから」の時は「浮かせて釣る」というこだわりがあったという「沈めたらエサ釣りと同じになってしまう」と言い毛ばり巻きにおいても、胴を巻く糸に油を染みこませるなどの工夫をし、釣りの時も水を吸って浮きにくくなると新しい毛鉤に変えていたらしい、その話を聞いたハヤトさんも「俺たちも毛鉤を沈ませることはしない」と言われた。そうなると、「石徹白てんから」は浮かせて流すのが決まりごとだったのかもしれない。

後年の幸四郎さんはお寺の副住職のような役におさまり、殺生事と縁を切ることになったという。
そして幸四郎さんの子に当たるマサユキさんのお父さんも旅館主として釣りは良くしたが、「てんから釣り」はしなかったというから、「てんから」はだれでもできたわけではなかったようだ。

また、以前に紹介した、山本素石氏の随筆に登場する目の不自由な人の「てんから」では釣り下っていったという記述があるが、幸四郎さんもハヤトさんも釣り下りはせず、上流へ上っていく釣りが信条だったというから、「石徹白てんから」の基本はやはり釣り上りなのだろう。

そんな昔の人も、石徹白の「てんから」は毛ばりを浮かすことにこだわっていたと聞くと、なんかかっこ良くてうれしくなる。

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サクラマスレストレーションの安田さんが「てんから」で釣った本流アマゴ。












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by itoshiro-sp | 2016-06-11 14:18 | てんから  

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