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残実備忘録(その12)現代テンカラの真実

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               テンカラ毛ばりなら素手で巻きます。

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               バイスで巻くフライはこういうものです。

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            川辺の竹で竿を作ります。
          馬のシッポでバスを作る。(縒った道糸をバスと呼んでいた)

5月に石徹白テンカラミーティング2019ってのがあり50人ほどのテンカラマンが集まったそうだ。
そこで行われたアンケートの結果をネットで見つけた。
その中に「一日何匹くらい釣りたいか?」という興味深い項目があった。
その結果は、1~5匹が30%、6~10が25%、0でもいい人が10%、残りの人が10匹以上でその中には30匹以上という人が15%ほどいた。
ちょっと意外だったというか少しホッとしたというのが率直な感想だ。
というのもそもそも石徹白のC&R区間に10匹制限をルール化しなければならなくなった人たちの集まりだった、少し前まで10匹は少なすぎるせめて20匹にしろとうるさかったグループだ…。
少し変わってきたのかな?でも30匹以上なんて(>_<)い人もまだ存在してるわけで、紳士的なジャンルになってきたと見直すとこころまで至らないな。
「束釣り名人」や「ナントカハンター」なんて~あまりにもお品がね~・・?
勘違いしてる人は仲間内で正してあげないと・・・。
たった数人でもイメージを貶めてしまうから。

「てんから」は日本の古来から伝わる伝承文化である、私はそこの部分が一番大切だと思ってるから「てんから」をお品のない遊びに貶めたくなくて耳の痛いことをいうのだ。そう大の大人の遊びなんだから。
伝承文化といえば、現代主流のテンカラをはたして伝統を重視してるといえるのだろうか?道具もすべてがケミカル化した今、伝統的といえる部分はどこにあるのだろう。和洋問わず伝統的な文化はその道具だって昔ながらである。そうやすやすとケミカル化しないものだ。
昔の人が普通にできたことが今の人はできないことも問題だ。レベルラインなんて言葉が主流になる以前、道糸は細い糸を何本か縒って手作りするものだった、ナイロン糸の前は馬のしっぽの毛で縒って作った。毛ばりなどもハリを手でもって素手で巻いていた、毛ばり釣りをするものならだれもができたことだ。バイスなんてものはフライ用の精密な毛ばりを巻くときに使う道具である。竿もそこらの竹で自分で作るしかなかっただろう。今のテンカラマンに持たせると必ず「重~い」と言う。ぜんぜん重くないですよ昔の人はこれでふつうに釣ってたんですから。今のが軽すぎるんです。重いと感じるのは人としての退化してるだけです。
伝統的なこれらの手仕事を現代のテンカラマンのなかでどれだけの人ができるだろうか?昔の人はこれらができなければ釣りができなかった。
私にとっての伝統てんからとはそんな昔ながらのスタイルであってほしいのだが・・・・?。

私は平凡なフライマンだが、「てんから」もやってたからこれくらいのことは今でもできる。
よかったら教えますよ。と言っても習いたいなんていうテンカラマンは現れませんね。

今はもう消えてしまったといってもよい「昔てんから」を伝承してゆこうとする活動がある。しかも石徹白発信であるのだが町から石徹白川に釣りに来る現代テンカラマンとは全く交流がないことがおもしろいじゃないですか。
「昔てんから」は石徹白川でちゃんと伝承されていくので心配はないですが。
現代テンカラは「シンプルフライフィッシング」というジャンルに取り込まれていくような気がしています。
そうならないためにも「簡単な毛ばり釣り」というポジションにすることはよくないと思う。
フライマンに
「フライなんて釣れないでしょう?テンカラのほうが簡単に釣れるよ」なんてことは決して言わないほうがいいですよ。
「フライで釣ってごらんとっても難しんだよ」と言い返されますよ。


# by itoshiro-sp | 2019-06-14 07:59 | 石徹白川C&R残日備忘録  

残実備忘録(その11)ロッド作り再開

半年ぶりです。
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またロッド作りを再開した。
ある人にロッドをベタほめされて、製作意欲がよみがえった。
同時に男の初孫を授かったので、記念に何本か作っておいてやろうという気になったわけです。
釣りが好きになるかどうかわからないけどね、

久しぶりに触ったらスズ竹ってフライロッドになるために生えてきたような竹だな~としみじみと感じた。
私の作る竿は岐阜の百姓が既成概念にとらわれず自分用に作った道具であり民具である。

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アシザワ丸と命名したロッドにも久しぶりに再会しました。

僕のロッドにはライン指定なんて書いてありません。何番ライン使ってもいいんです。
好きな番手でお使いください。ちなみに僕はDT4番が好きです。理由は4番ラインが一番気持ちよく浮くような気がするから、
ま~なんでもいいんです。
アシザワ丸の頃のグリップはまだ太いですね、最近は細いのが好みです。というかグリップ材が細いのばかり残ってきちゃったので試しに使ってみたんです。そしたら意外にいいじゃない握った感じも別に違和感なかったのでって理由です。華奢な感じが気に入ってます。

画像のリールはとうとう販売までこぎつけずギブアップしたプロトタイプたちです。
なかなかいい線いってると思うんですが、というかこだわりが強いもんだからコストが高くなりすぎて、民具の域を超えちゃったんです。たかが釣りの道具なんだからと思ったら「もうや~めた」となちゃったわけです。
レイズドピラーのレイズの高さもやっとこさ良いバランスを見つけたのに~!!
わがままなダメ出しに付き合ってくれた職人の皆さんに心からお詫び申し上げます。
替えスプール付きで3万円以内に収まればよかったんですが、とても?とても?、でした。残念です。
私の許容範囲はロッドは5万円までリールは3万円までかな、それでも合わせて8万円か?高くつく遊びですね。
ちなみに車は中古車で50万円までか、もしくは誰かに貰うもの(笑)と決めてます。これが私の金銭感覚というか生活感ですね。


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スズ竹ロッドのコルクグリップ仕様です。
やっぱり超ショートグリップ、
デザイン的にはベーシック、でもグリップまで曲がる感じが新鮮ですね。
スズ竹独特のスローアクションと相まってなかなかの逸品かな?。
スズ竹ロッドのコルクグリップ仕様はレア物かもね。

あまり無理はきかない身体だけどロッド作りくらいならできることがわかったので、
あと何本か作っておきたいですね。
手作りのてんから竿とか、馬の毛ライン、素手で巻く毛ばりとかも・・・伝えておかなきゃ。
                                             





# by itoshiro-sp | 2019-06-10 20:24 | 石徹白川C&R残日備忘録  

残日備忘録 番外編 ガンでも生きること

 
 この残日備忘録は私の日記替わりでもあるので、こんな話も記しておくことにした。
2018.12.4今日8回目の分子標的薬治療(抗がん剤)開始今日から2週間やって今年は最後で来年の1月8日まで休薬である。ヤレヤレである。
思えばおかしな病気である。今年の4月に再発を宣告されたわけだが、そのころ全く何の自覚症状もなくこの5年余りの中では一番体調が良かったのに、小さなガンが一つ見つかりその治療を始めることで、いきなり病人になるのである。「今年は白山に登ってやるか」なんて思ってたのに・・・・?

 とは言っても、振り返ってみれば治療をはじめてからも、ただへこたれていたわけでなくけっこういろいろやっているのだ。何かやってないとならない性分なのだろう、6月にはサツマイモを500本も植え付けたし、我が家の車のトラブルもすべて片付けてやったし、現在も1台レストア中である。作りかけだったロッドも6本仕上げた。石徹白の家の雪囲いも手伝った、さてこれからいよいよ干芋作りだ。さすがに体力のいることは無理だがまだできることはそれなりにあり、まだ誰かの役に立てることあるから寝込んでられない。

 副作用のことも書いておく投薬クールは初日の点滴からスタートするのだが、私の副作用はこの点滴の副作用がほとんどの気がする。最初の異変は点滴スタートからすぐに点滴側の腕がビリビリとしびれ始める。この痛いほどのしびれは1週間ほど続く、そして両手両足先のしびれである、冷たいものに触るとヒドイ、うっかり凍ったものを持ったりすると激痛のようなしびれに襲われ物を落してしまうほどだ。そしてこれは私だけの症状みたいだが物を食べようとしたときはじめの一噛みであごの付け根に激痛が走る、思わず声を上げるほどであるが、二口目からはおそるおそる噛むとなんでもなくなるので大したことはない、またこれも不思議だが涙を流すと目頭に激痛がくる。これにはけっこう困っているテレビを観ててけっこうよく泣くのである。これらの副作用?も一週間で消えるから耐えられるレベルだ。
抗がん剤治療でよく言われる吐き気はもう慣れた?、不思議なもので慣れると吐き気があっても食べられるようになる。これは4年前の手術後の抗がん剤治療の時に克服した。不思議だが私は吐き気があっても食べられるのである。
 いま一番、深刻なことは血中のヘモグロビンの低下である、数値的には12~17くらいが正常値のところ8.7が最近の数値で治療を始めてから徐々に低下してきているので副作用ということらしい。この数値まで落ちると深刻な貧血を招く2階の生活が少々つらくなってきた。主治医には「これ以上低下したら輸血をするしかない」と言われている。輸血は初めてなのでちょっと怖い。

 私的にはガンは根治できるとは思ってない今あるガンを大きくしないことだと理解している、つまり上手く共存していく考え方である。いろいろ言う人がいる抗がん剤治療なんて効かないとか医者は自分がガンになっても抗がん剤治療はしないとか、じゃ~どうすればいいのと聞けば甘いものや肉を食べなければ治るという、ふ~ん 私は甘いものが大好きだし肉も食べたい、無理~、まあ~66歳まで生きられたのだから標準治療で良い。高額な先端治療を選択できるようなゆとりもないし、食えるうちは好きなものを食べたい。多くの人はガンと聞くとガンになったら死んじゃうと思うから怖いのだろう、もっと若い人ならいざ知らず私くらいの年になるとたとえガンを克服できたとしても、どうせ死からは逃れられないことがわかってくるからね、それに自分ではそこまでして長生きする価値のある人間と思ってないから。
 実は最近、いつも畑で出会っていた知り合いがこの数か月で立て続けに3人急死された。けっこう健康そうな人たちで私の病気を心配していつもいたわりの言葉をかけてくれた人たちだった。3人の内二人は私より年下なのに、こうなると私は完全に死ぬ死ぬ詐欺犯である。
人の運命なんて本当にわからないものだ、ただ皆いずれ絶対に死ぬのである。
私はまだ生かされているだけのことである。
これは一人の現役ガン患者の率直な意見である。

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高速道路でエンジンブロー、新しいエンジンに載せ替えたし
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ブドウも豊作だったし
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芋ほりは仲間が機械で掘ってくれた
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 こんなのも頼まれて作った
散歩だけしている隠居さんよりやっている気がする。
生きてりゃいろいろやれるもんだ













# by itoshiro-sp | 2018-12-05 18:16 | 石徹白川C&R残日備忘録  

残日備忘録 その10 2018NHK撮影成功

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 今年、石徹白川においてイワナ産卵を4Kで撮影しようと頑張っていたNHK福井放送協局のHカメラマンクルーが見事に産卵の瞬間の撮影に成功した。斜め前方からの水中映像でしかも体の小さいメスが手前側という見事な映像だった。iイワナたちの前方にカメラを構えることの難しさとか、産卵の瞬間オスがメスのどちらに行くかなんてのは運だけということにおいても奇跡なのだ。岐阜県では先日夕方のローカルニュースで放映された。我が家のテレビは残念ながら4K対応ではないし放送日は4K放送開始の11月30日以前だったから4Kの効果はよくわからないが、撮影後に編集されたと思われるアップの映像に卵まで鮮明に映っていたから解像度の高さが感じられた。放映はローカルニュース用のさわりだけの短い編集だったが、撮影映像には産卵後のメスの舞(イワナ独特の行動)もちゃんと撮影できているということなので、イワナの生態研究にとってとても貴重な記録映像といえるだろう。この映像を使った特集番組を期待します。
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ちなみにHカメラマン(左)は石徹白川の「命をつなぐ川遊び」のメンバーでもある。川と魚が大好きな素敵な人。















# by itoshiro-sp | 2018-12-05 03:38 | 石徹白川C&R残日備忘録  

残日備忘録 私感フライフィッシングとC&Rの関係

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私感

              フライフィッシングC&Rの関係


 フライフィッシング(以後FFと略す)は一般的な釣りとは基本的な価値観が異なる。一言でいうなら、あえて難しい釣り方に挑戦する価値観だと思う、つまり他の釣りでは魚を得るという目的が価値観の基本となる。

ただただ魚をたくさん釣りたい(ほしい)だけの釣り人ばかりなら、エサ釣りのほうが簡単に釣れるのだからFFなんかする人はいないだろう。

FFは西洋式の毛ばり釣りだが、日本にもテンカラとよばれる毛ばり釣りが昔からある。FFとテンカラの違いを一言でいうと、テンカラは直感的、FFは理論的で科学的。

FFの場合はリアルなイミテーションフライをナチュラルに流し魚が安心して食いつくように仕向けるのが基本。

一方テンカラは単純でファンシーな毛ばりを使い動きを加えて魚が反射的に食いつくように仕向ける。動きで釣ることにおいては基本的な仕組みはルアーにとても近い釣りといえる。

ちなみにFFではフライのサイズ、色、形を合わせれば止水に浮かべておくだけでもゆっくりと食いついて来るような釣りが成立しそれこそがFFの究極の魅力でもある。だから反射的に釣れてしまったような釣れ方では不本意ということになる。このようにFFとテンカラでは考え方の違いは大きい。


 そしてキャッチ&リリース管理(C&Rと略す)は釣り場をありのままの生態系に保全できる唯一の方法だと思っている。

ただ残念ながらC&Rは日本人にはなかなか理解してもらえないが、FFをマスターした人にはC&Rの人が多い、その理由のひとつはFFは魚たちの生態を科学的に学習した知識で魚たちと知恵比べする遊びなので、そのためにおのずと自然環境に対する造詣も深くなり川の環境をできるだけ侵さない精神もはぐくまれるのだろう。

従来ほとんどの釣り場管理では釣り人が持ち帰って減った分を放流で補うスタイルが主流だが、この方法では養殖の魚を放流するために、そこにもともといる魚たちが命をつないでいくという当たり前の生態系ではなくなってしまい、いわば見せかけの生態系と言っても過言ではない。釣り人が釣りを楽しむために一番大切な魚たちの生態系を壊していいのだろうかと気づいてしまうと、心ある釣り人なら暗い気持ちになるはずである。

しかしC&Rが徹底できれば、魚は減らず放流が必要なくなり、魚たちによる再生産は復活する。後はほって置いても、他の生き物たちも含めた適正な生態系が築かれる。

ちなみにイトシロの峠川にあるわずか3.2キロのC&R区間ではもう15年以上もいっさい放流されていない、なのに橋からのぞけば魚の泳ぐ姿が一年中見られる。

C&Rは日本人にはなかなか理解されないスタイルといえど、現実にC&Rを実践する釣り人は少なからずいることも峠川で証明されているのだから、その人たちの行為が無駄にならない管理をするべきだと思う。

つまり、そのリリース主義の人たちがリリースした魚がちゃんと生き延び産卵して命をつないで行ける仕組みさえ作れば漁協はその分の放流を減らせて経営的にも助かるわけである。その上に昔のような生態系を取り戻せるのだから、何ともうまい話ではないだろうか。

C&Rのことが、善か悪かとか好きか嫌いかなんてことはどうでもよくてC&R主義者の行為をうまく利用すれば昔に近い自然の川がよみがえるという現実を素直にに認めるべきだと思う。


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 ちなみに今、渓流域の漁協多くの多くが経営が難しくなり先行きを心配されている、石徹白漁協でも同じように売り上げの落ち込みは深刻なようだ、そんな状況下でも少なくとも峠川のC&R区間の運営だけは絶対赤字に陥らないことを知ってほしい。



# by itoshiro-sp | 2018-11-14 05:16 | 石徹白川C&R残日備忘録  

残日備忘録 番外編 密漁2016

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       これらの画像は動画からの切り取り画像です。
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この画像はイメージ画像で、実際にはみえにくい所に設置しておいたので、幸いカメラは無事だった。
 

 
 これは2年前(2016)の11月の出来事である。
その日は本流に注ぐ小さな支流で大きなイワナのペアを見つけたので記録用にビデオ撮影を始めた。
産卵の瞬間がいつになるかわからないまま3時間以上も張り付いていた。今にも産卵しそうな状態は続いているしで、なかなか離れられず時間ばかり過ぎていく、しかしその日は他にどうしても済ましておきたい用があったので、しかたなく自動撮影モードにして30分ばかりその場を離れた。

 さて用を済ませ戻ると、イワナのペアはどこにも見えない。
急いでカメラを確認する、なんとまあ~の光景が~・・・・!!!。
青い長靴の人物が10分ほど暴れまくってるではないか。
カメラは固定でイワナペアがしきりに掘っていた部分だけしか映っていないので、全貌が映っていたわけではない、紺色の上下を着て青のツートンカラーにストライプ入りのかなり特徴的な長靴の人物としかわからない。この時魚が持ち去られたかどうかもわからないが、産卵を狙い昼間に堂々と密漁される実態と、なんとなく手慣れた様子から毎年こうした行為が繰り返されているようにも感じた。
この時期になるとご漁場を順番に回っているのかもね・・・・?

今回はとんだトホホな話でしたが、ただ私が知る石徹白の人たちはほとんどが農協で購入する白い長靴であることだけ伝えておきます。




# by itoshiro-sp | 2018-11-03 09:19 | 石徹白川C&R残日備忘録  

残日備忘録その9 在来渓魚を殖やす会(C&R)

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            11月2日、白山はもう真っ白
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            石徹白では雪囲い作業真っ盛り
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今年もNHKがイワナの産卵を撮影中(良い瞬間が撮れたようですしかも4Kで)
   イワナの産卵はすこし遅れているみたい、これからが本番かも?

 石徹白での活動は「在来渓魚を殖やす会(C&R)」という名称でスタートした。
名前は和風だが、フライフィッシングの同好会であった。
名前を決めるとき「Itoshiro FryFisher's」というようなフライの会らしい名前のほうが、という思いもあったが、思想が伝わることを願いこの名称にした。
やはり良い選択だったと思う。読んで字のごとく日本人なら誰にでもわかる言葉なので、よそ者の集まりでもわりに警戒されず受け入れてもらえた気がする。
いきなり横文字のグループがきてキャッチ&リリースなんて言ってもなかなか難しかったと思う。

C&Rを導入して在来渓魚を殖やしていこうということなので、増ではなく殖を使った。増は放流して増やす意味が強いような気がして、殖という字に魚たち自身による自然再生産で殖えてゆく願いをこめた。
この「殖」こそが私たちが考えるC&R活動のバックボーンである。
濃密放流とC&Rでたくさん釣れる釣り場つくりを目標とする考えの人達は会を離れていった。もとより会を大きくするというような気は一切なく「来る人拒まず去る人追わず」だったのでいつも少人数でやってきた。
そのスタンスを貫くためにも会の名前は有効だったと思う。

活動をはじめてわかったことはC&Rとは減らさないための行為である。
本当は「在来渓魚を減らさない会(C&R)」のほうが妥当だったかもしれない。

そして「在来渓魚を殖やす会(C&R)」は2003年の6月をもって解散宣言をした。
にもかかわらず、そのイズムだけは今も石徹白川に息づいているし、
「在来渓魚を殖やす会(C&R)」という名前は今もなお、忘れられることはなく、
私なんかいまだに「在来渓魚を殖やす会の〇〇さん」と紹介されることが多い。

あまり知られてないが今は「Itoshiro C&R Network」という名称でC&R普及活動を続けているので今後ともよろしく。

      その10につづく・・・・・。





# by itoshiro-sp | 2018-11-02 08:07 | 石徹白川C&R残日備忘録  

残日備忘録 番外編

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「石徹白Fisher's Horiday」は何年も続いたので、記念グッズがいろいろある。
バッジやステッカーなど、おかげで私のベストはにぎやかだ。

 数年前、まだ元気なころ息子とヤマトイワナ探索に行った時のエピソードである。
木曽川上流のある谷の探索を終え車で帰り支度をしていたら、通りかかった釣り人に話しかけられた。「釣れたかい?」「ま~ま~でした」とお決まりの会話の後、我々のベストの石徹白グッズを見て、「あんたたちは石徹白川へよく行くのかね?」と言われ「え~よく行きます」と答えると「あそこはね我々テンカラの仲間が作った釣り場なんだよ、知ってる?ホントだよ!」と来た。
「はあ~そうっすか・・・?」と答え息子と顔を見合わせ苦笑いである。
見かけたことのない顔だったので「あなたも良く行かれるんですか?」と聞くと「僕は行ったことはないけどね」「釣り堀みたいなとこは好きじゃないから」だそうだ。
別れた後「あの人何が言いたかったんだろう?、それにしても親父もちょっと大人になったな~」
と息子に褒められた。
「作ったかどうか知らないけど・・・・・・・のはたしかだね」

 長年続けてきた「石徹白Fisher's Horiday」もさすがに東日本大震災の年だけは自粛のために中止にしたんだけど、テンカラだけでもやりたいって「石徹白テンカラミーティング」ってイベントを開催したくらいだからね~。
  とにかく仲間意識は強いから・・・。

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         このベストも、もう長いこと着ていない。


# by itoshiro-sp | 2018-10-30 07:44 | 石徹白川C&R残日備忘録  

残日備忘録その8 ニジマス

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   これはイメージ画像です。
   峠川のニジマスは稚魚で逃げたので現在も15センチ前後が多いはずです。
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 2年前の早春に前川上流ネーゴ谷の養殖場からニジマスの稚魚が逃げ出した。一池すべてというから約2万匹だろうとも言われている。養殖場の管理ミスだ、ニジマスたちは前川を下り峠川C&R区間下流部に入ってきた。これが今C&R区間のけっこうな問題になっている。漁協にとってもありがたい魚種ではないので、県の専門家にも意見を伺い関係者が出した結論は「ニジマスの定着は可能性が低いことから自然に減少してゆくであろう」ということで、しばらく様子を見守って行くことになった。
あれから2シーズンすぎたが今もC&R区間内にはまだまだ生息している。というのもニジマスは毛バリへの反応が良い魚種なので最初に顔を出すため、よけいに目立つようだ。ただ今のところは逃げ出した世代魚のみで再生産した次世代魚はいないようなので、見守りの方針は変わっていないが、ただ一部のニジマス嫌いの人からの苦情があるのも現実なので、今後何らかの対策も必要かと考え、まずは県の水産試験場が専門的な生息状況調査をしてくれることになっている。

私の個人的な見解は、たしかにニジマスは外来種であるが、在来種への悪影響はさほどないこと、本州では定着例が少ないこと、食用魚種として養殖が盛んであること、などを考えると駆除とか排除の必要はあまり感じない。今回の流出は今のところC&R 区間の下流部に留まっており、なかなか減らないのはC&Rというルールがあるため一般釣り場よりは時間がかかっているのだろうと考えている。いずれ本流の一般釣り場へ下れば釣られてしまうだろう。
また地元の人たちはニジマスに対しもっと親近感を持っている。
ある若い衆いわく「しゃーなもん、石徹白じゃあ昔から個人的にニジマスを飼っちょるでな~、川にもおってもな~んもやろ!!」
「目の敵にしちゃや~れかわいいな~」という。
「そりゃ~や~れかわいいな~」同感である。(石徹白ではかわいそうをかわいいともいう)
いくらニジマスが嫌いでも、ただ泳いでいるだけなんだからもうちょっと優しくなれないかな。
駆除だ排除はけっきょく殺してしまえということなら、あまりに勝手すぎないかな。


 じつは石徹白川のニジマス放流には大変古い歴史がある。
私が20代(1970年代)のころ石徹白川の本流ではときどきニジマスが釣れた。ごくまれに釣れるだけだったので生息密度は低かったと思うが、そのニジマスは見事に完ぺきな野生魚体で大型が多かったのでそんなのが掛かると川の中を引きずり回され大変だった。
後に知ったことだが、あのニジマスは須甲末太郎氏(過去記事2015/6/30ヤマメ(マスバイ)&アマゴのこと)という人が1945年前後に放流したニジマスの末裔だったようだ。須甲氏は本流の大進橋の右岸で渓魚の飼育池を所有し、魚が本当に好きだったようだ、アマゴの放流はもちろんニジマスも扱いあちこちに自主放流されていたらしい。その結果ホー川の上流部にだけ定着したようでけっこう長期間にわたり自然繁殖していたという。猿橋さんという古老から「ホー川には昔けもののようなニジマスが釣れよおったでな」と聞いたことがある。その一部が下流に流れ下ることで、ちょくちょく本流でも釣れていたということのようだ。
そのホー川は私たちが数年前に源流まで調査したかぎり、確認できなかったので現在はもう絶えたと思われる。
 この須甲氏は昭和の初めに下流のダムのせいでヤマメが絶えたことを憂いアマゴの放流を主導された方でもある。じつは、そのアマゴの末裔が現在も脈々と自然繁殖していて、今のところイワナ域より上流でひそかに再生産が持続している場所が3か所確認できている、そこには養殖アマゴの放流は一度もされていない、つまりこれらのアマゴたちは長良川の天然アマゴの末裔であり、ある意味でとても貴重な遺伝子を引き継ぐアマゴたちである。人為的な放流の定着例としても貴重だと思われる。

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       小さな谷なので小型ばかりだがじつに美しいアマゴたちである。

                     その9につづく・・・・。



# by itoshiro-sp | 2018-10-29 07:09 | 石徹白川C&R残日備忘録  

残日備忘録その7「石徹白レポート」

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 石徹白川でC&R管理の提案をはじめた初期の記録をまとめた「石徹白レポート」という記録書がある。1997年から2003年の6年間の活動記録である。
もう忘れちゃってたようなことを思い出させてくれる。ところどころ「若かったな~」と思うところはあるが、川の生態系復活への情熱は今読んでも色褪せてない。
このような記録が残っているおかげで、時々取材を受けたりするときほんとに助かっている。
すべてO君のおかげである。O君は活動開始からずーっと私の相棒であり理解者である。
当時彼は水曜日しか休みの取れない仕事に就いていたため、皆と一緒に現場での活動ができなかった。その分文書作成などの事務処理を一手にやってくれた。こういう人がいなければ正確な記録は残らなかった。感謝している。

 画像の表は1998年からだが1997年から毎年秋に峠川で産卵床の観察を続けている、表から読み取れるように2000年から劇的に変化している。
2000年という年は第一回目の「石徹白Fisher's Horiday」を開催している。厳密には石徹白でのイベントは2回目だった。
実はこの前年の1999年5月に「石徹白C&Rミーティング99」という第一回目ともいえるイベントを開催している、この時は5月29日30日の2日間限りのC&Rイベントだった。つまり従来の釣り大会のように大会区間に成魚を放流するイベントだが大会期間の2日だけはC&Rを守ってもらうというものだった。この二日の間だけ会場の橋の上からたくさん見えていた魚たちは、次の日一日ですっかり見えなくなった。このことは関係者の間で、今でもよく話題になる。
イベントの終了する日曜日の夕方、翌日の月曜日に釣るために泊りがけで来たエサ釣りの人たちが大会会場の外で大勢待ち構えている光景が印象に残っている。
釣って持ち帰れば魚はいなくなるということ、しかし釣るだけなら魚はいなくならない。というC&Rの基本をはっきりと体験できたイベントだった。

 そして、2000年のイベントは8月26日27日に開催された。開催日が8月になったのには理由があった。大会は2日間だがC&Rイベントの期間は一か月間としそのまま禁漁期まで魚の持ち帰りを禁止とした。これが2000年の産卵床の増加の理由である。
たった一か月だったが、9月というのに渓流にはたくさんの魚が見え、そのまま禁漁になり産卵期に入るとあちこちでペアリングや産卵床が確認できた。あれは感動したな~。
このイベントを開催にこぎつけたことこそ石徹白川C&Rの本当のスタートだった。

                       その8につづく・・・・・

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# by itoshiro-sp | 2018-10-28 08:42 | 石徹白川C&R残日備忘録