2018年 10月 28日 ( 1 )

 

残日備忘録その7「石徹白レポート」

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 石徹白川でC&R管理の提案をはじめた初期の記録をまとめた「石徹白レポート」という記録書がある。1997年から2003年の6年間の活動記録である。
もう忘れちゃってたようなことを思い出させてくれる。ところどころ「若かったな~」と思うところはあるが、川の生態系復活への情熱は今読んでも色褪せてない。
このような記録が残っているおかげで、時々取材を受けたりするときほんとに助かっている。
すべてO君のおかげである。O君は活動開始からずーっと私の相棒であり理解者である。
当時彼は水曜日しか休みの取れない仕事に就いていたため、皆と一緒に現場での活動ができなかった。その分文書作成などの事務処理を一手にやってくれた。こういう人がいなければ正確な記録は残らなかった。感謝している。

 画像の表は1998年からだが1997年から毎年秋に峠川で産卵床の観察を続けている、表から読み取れるように2000年から劇的に変化している。
2000年という年は第一回目の「石徹白Fisher's Horiday」を開催している。厳密には石徹白でのイベントは2回目だった。
実はこの前年の1999年5月に「石徹白C&Rミーティング99」という第一回目ともいえるイベントを開催している、この時は5月29日30日の2日間限りのC&Rイベントだった。つまり従来の釣り大会のように大会区間に成魚を放流するイベントだが大会期間の2日だけはC&Rを守ってもらうというものだった。この二日の間だけ会場の橋の上からたくさん見えていた魚たちは、次の日一日ですっかり見えなくなった。このことは関係者の間で、今でもよく話題になる。
イベントの終了する日曜日の夕方、翌日の月曜日に釣るために泊りがけで来たエサ釣りの人たちが大会会場の外で大勢待ち構えている光景が印象に残っている。
釣って持ち帰れば魚はいなくなるということ、しかし釣るだけなら魚はいなくならない。というC&Rの基本をはっきりと体験できたイベントだった。

 そして、2000年のイベントは8月26日27日に開催された。開催日が8月になったのには理由があった。大会は2日間だがC&Rイベントの期間は一か月間としそのまま禁漁期まで魚の持ち帰りを禁止とした。これが2000年の産卵床の増加の理由である。
たった一か月だったが、9月というのに渓流にはたくさんの魚が見え、そのまま禁漁になり産卵期に入るとあちこちでペアリングや産卵床が確認できた。あれは感動したな~。
このイベントを開催にこぎつけたことこそ石徹白川C&Rの本当のスタートだった。

                       その8につづく・・・・・

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by itoshiro-sp | 2018-10-28 08:42 | 石徹白川C&R残日備忘録