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残日備忘録その4 Fly Fisher1998年12月号

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 Fly Fisher誌の1998年の12月号に「21世紀の渓景色へ第6回岐阜県/石徹白川」として掲載された前年8月に佐藤成史氏が石徹白川に3日間滞在し取材された。
当時、私たちは「在来渓魚を殖やす会(C&R)」という名称のFF同好会を作っていた。なんとも堅苦しくFFの会とは思えない和風調である。(この名称についてはまた機会があったら語る)
あの取材時にはメンバー15人ほどが参加したはずだ。真夏の渇水で撮影用の魚が釣れなくて困ったのを覚えている。
 あの時、連れて行った中学生だった息子にとっても忘れられない思い出があるという。取材で行った養魚場のおじさんが弱ったアマゴをまったくの躊躇もなくニヤニヤしながら生きたまま何匹も地面へ投げ捨てたシーンが悲しくて今もそれが反面教師となっていることや、渇水で釣れない大人たちの中で唯一イワナを釣りあげ佐藤さんにとても喜んでもらえたこと、そしてその影には付きっきりでサポートしてくれたY村さんというメンバーが自分はロッドを持たずについてくれたことが忘れられず、それ以来自分が人をサポートするときはロッドを持たないときめているという。子供は親が知らないうちにいろいろ学んでいるものだ。その彼が、今石徹白に住み付き父親になろうとしてる。生まれてくる子もたぶんやさしいフライフィッシャーになってくれると思っている。

 今この記事を書いていて嫌な事件を思い出してしまった。この取材に至るいきさつは、その前年に埼玉県の大宮で開催されたトラウトフォーラム主催の佐藤氏と島崎憲司郎氏の講演会に参加したご縁からだったわけだが、佐藤氏の取材を受けFly Fisher誌に掲載されたことで後になってトラウトフォーラムの事務局長からえらく理不尽なお叱りを受けることになった「あの人(佐藤氏)が関わったところは全部ポシャッてるんだから」とかなんとか?とこっぴどく恫喝された、私の知る限りそんな話はほかで聞いたことはないし、その意味不明の不条理さに困惑し、その時を境にトラウトフォーラムとはすっぱりと縁を断った。事務局長、名前も忘れちゃった?なんか印象の薄っぺらい人だったな。
この件は今でも理解に苦しむが、トラウトフォーラム=フライの雑誌社としては石徹白川のことがFly Fisher誌に掲載されると聞きよほど腹が立ったのか?
思い出してもなんだか業界人の闇を見せられたような嫌な事件だった。トラウトフォーラムってのも有名人の名前を連ねて会員募集して実態はなんだかよくわからない団体だった。っていうか今も活動してるのかな?

 我々からすれば、佐藤さんとは本当に良きアドバイザーとして長い信頼関係を築けたわけだから、あんな事件があったのも案外よかったのかもしれない。

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             本流の下流部で道路から望遠でレンズで撮影してくれた
               私のとっておきの写真である(撮影 佐藤成史氏)

                            その5に続く・・・・。       



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by itoshiro-sp | 2018-10-19 08:07 | 石徹白川C&R残日備忘録  

残日備忘録 その3 C&Rもいろいろ?

 キャッチ&リリースには大きく分けて2つの考え方がある。
釣りする権利を優先する『釣り人天国」と魚たちのくらしを優先する「お魚天国」。
私は「お魚天国」を石徹白に実現したかった。
釣り人が自らの権利を放棄して釣った魚を放してあげるとき、「大きくなってまた楽しませてくれよ」と思う人が多いかもしれないが、私は違う「もう釣られるなよ」と願っている。
人間は何事にも損得やメリット、デメリットを求めなければ気が済まないので、「大きくなってまた楽しましてくれよ」となる人が多いかもしれない。
「これからも何回も俺が釣ってやるぞ」なんてのは論外としても、生態系保存のためとか自然再生産の復活とかちょっと美しい目的を理由にすることさえ損得を求めているのと同じかもしれない。
もっとシンプルに魚という生き物を慈しむ気持ちからリリースすることはできないのか。殺すのはかわいそうだからではだめなのだろうか?その方が子供たちにも伝えやすいと思うのだが。

 釣り人優先の釣り堀的C&Rと魚の生態系のためのC&Rは全く違うものであることを、ほとんどの釣り人はよくわかっていない。
石徹白川のC&R区間には15年以上にわたり一切放流していないのが我らの最大の誇りなのだが、そんなことはお構いなしに「最近魚が少なくなったんじゃないか」とか『ちゃんと放流してるのか』などと言ってくる。C&Rとは釣り堀の一種だと思っている人も多い。
そんな人に言いたいことは「ここは魚たちの安全なくらしが優先で釣り人の欲求は優先されない釣り場だとご理解願います。そこに不満がある方はどうぞ他の川へ行ってください」である。
15年も放流してなければ魚たちの寿命からしてすべてが天然魚ということになる。今時、釣れる魚がすべて天然魚なんて川がどこにあるのでしょうか?、このエリアの本当の価値が何もわかっちゃいないのかな?

 今年も、どこかの誰かさんたちが何も見返りを求めず、人しれずスコップを持って産卵場の整備をしていることも知っているのだろうか?もちろんみんなひけらかしたりしない好きでやってるだけだ。そんな地道な努力もあって生息密度も調査のかぎり良好。


私は、いくらリリースする人でも魚への慈しみのない人は・・・・である

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もうアマゴの産卵床があったのでビニールで保護している
今では水産試験場の技官たちも応援してくれている
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 素敵な小川になったが気に入ってもらえるだろうか
                あとはイワナたちの遡上を待つだけ

                          ・・・・・その4につづく





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by itoshiro-sp | 2018-10-17 22:00 | 石徹白川C&R残日備忘録  

残日備忘録その2 スタートはこの看板

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石徹白川でこの看板を見たことのある方はかなりのベテランである。
1997年、漁協から看板設置の許可をもらい川岸に立てさせてもらった。
これが私たちの活動のスタートだった。
横2.3m縦1mアルミ製、これを2枚製作し石徹白橋とお宮の橋のところだったと思う。
釣った魚を逃がしてやるなんて邪道とまで言われた時代である。
今思えばよく立てさせてもらえたものだ。
とにかくすべてはここからはじまった。

                       ・・・・その3につづく



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by itoshiro-sp | 2018-10-17 10:58 | 石徹白川C&R残日備忘録  

残日備忘録 そのⅠフライフィッシング

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芦澤さんの後ろ姿、貴重な写真はJFFの方からは頂きました。
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サトウセイジさんと言ったらこの一冊でしょう。
何年たっても色褪せません。今はでは息子のバイブルです。
ちなみに息子は石徹白に住みつきました。
写真はすべてポジフィルム撮影ですぞ。
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  サトウさん的な表現なら血の濃いイワナ
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  渓魚を撮らせたら右に出る人はいません
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        セイジさん若いですね。

石徹白川C&R区間の生い立ちを語るには、はじめにフライフィッシングのことから話さなければならない、なぜなら私がフライフィッシングという釣りに出会うことがなければ石徹白川のC&R区間は無かったと思うから。
フライフィッシングは私がそれまでやってきた釣りに対する概念を、全く違うものにした。少年時代から、エサ釣り、ルアー釣り、テンカラ釣りといろいろな釣りにハマってきた。テンカラは1980年にはすでにレベルラインでやっていたレベルラインは山本素石氏の弟子の井戸蛙石氏に教わった井戸氏たちがレベルラインの元祖だと思う。そんなわけでテンカラにはそこそこの自信を持っていた38歳イケイケのポン助(注1)がある日10歳ほど年下のフライマンにアゴが落ちるほどのシ~ンを見せられたのです。その日を境にフライフィッシング教の信者と化すわけです。それが1991年の出来事である。このエピソードは当ブログの(2013/3/7私のてんから考)にて詳しく掲載してあります。
そして精神的な概念はその後のフライフィッシング人生でますます変革するのです。

 哲学や精神的に最も影響を受けたのは芦澤一洋氏(アシザワカズヒロさん)だった。残念ながら芦澤氏は1996年に早逝されたので直接の指導は叶わなかったが、私が目指した自然再生産型C&R管理(無放流型)を目指す上で一貫した大きな支えであった。そして生態系保全型管理(C&R)における現実的な部分は佐藤成史氏(サトウセイジさん)から直接指導していただけたことは本当に良かった。日本のC&Rの幕開け時代の話だ。ちなみに石徹白のC&Rは日本で4か所目だったはずである。
日本のC&Rはこの二人フライフィッシャーの提唱から始まったといっても過言ではないと私は思っている。
                              ・・・・・つづく
注1(岐阜県東濃地方では仕事より殺生ごとに夢中なおっさんのことをこう呼ぶ)

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by itoshiro-sp | 2018-10-16 08:50 | 石徹白川C&R残日備忘録  

 石徹白川C&R残日備忘録1997年~2018年

峠川キャッチ&リリースの生い立ち

石徹白川のC&Rと関わりはじめたのが1997年なので今年で丸20年も経ちました。
振り返ると、いろいろあったんですが、最近だんだん記憶が曖昧になってきてるので、忘れてしまわないうちにすこしでも綴っておいた方がいいような気がしてきたわけです。

そしてこの20年の歳月は日本におけるキャッチ&リリースの黎明期でもあるので、そのあたりの時代の動きをちゃんと知ってもらうのもいいかなと思うのです。

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なん~て言ったものの、私にはあの鴨長明や吉田兼好のように稀有な記憶力や文章力はないんで、ただその都度思い出せたことや私的な思いなどを、まさに徒然なるままに綴ってみることくらいならできるかなってところです。

                           2018年10月10日 庵にて

PS.
2013年に大腸に深刻な進行がんを宣告され10時間に及ぶ手術のすえ命拾いしましたが、その後4年間転移がなくヤレヤレと思った矢先、腹膜?に再発、現在化学治療中。
ただ、これもすべて運命と飲み込みいたってポジティブに過ごしております。
常々「人生における成功とは悔いなく生きられたかどうか」だと思っており、その意味において私はとても幸運な成功者と確信しています。
そしてそれはすべては「ミナサマノオカゲ」であることも忘れず。
もう大きな山を越えることは望んでいませんが、まだ小さな山ならいくつかは越えられるはずです。(竹竿作りや毛鉤巻き、ブドウ、干芋、小さな丘くらいかな・・・・)
家族からも「親父のは死ぬ死ぬ詐欺じゃ‼」と明るく茶化され幸せな毎日です。

ということで「残日備忘録」といたします。







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by itoshiro-sp | 2018-10-10 00:36 | 石徹白川C&R残日備忘録